Laboratory of Aquatic Ecology, Kochi University (Yohei NAKAMURA)(高知大学・中村洋平)

研究紹介

多くの沿岸性魚類は,底生生活期の一部あるいは大部分を特定の生息場所(ハビタット)で過ごします。この分布様式とそれを決定する諸要因(着底場選択,種間相互作用,餌,生息場構造など)は,魚類の個体群・種多様性の保全や生息環境の変化に伴う魚類相の変化を論じる上で欠かせない情報です。水族生態学研究室(生態分野)では,藻場やサンゴ群落など様々な生息場所の魚類群集の成立機構や維持機構を水中での観察や実験的手法などを組み合わせながら調べています。現在は「地球温暖化・複合生態系・生息場保全」に関わる以下の3課題を中心とした研究を国内外の大学・研究機関と共同で取り組んでいます。

Keywords: 生態系保全、沿岸環境変化・再生、群集生態学、フィールドワーク


研究課題

1.土佐湾の沿岸環境の熱帯化が魚類に及ぼす影響

土佐湾沿岸では、1970年代には周年にわたりガラモ場やカジメ場が形成されていましたが、2000年代にはそれらが残る場所は一部に限られ、晩冬から初夏の数ヶ月しかガラモ場が形成されない場所が増えています。周年にわたり海藻の繁茂する藻場を「四季藻場」、春しか藻場が形成されないものを「春藻場」と呼びます。この「四季藻場」と「春藻場」の海藻構成種には違いがあり、前者ではトゲモク、ヒラネジモク、ヨレモクモドキなどの温帯性ホンダワラ類が主要構成種であるのに対して、後者は熱帯・亜熱帯域に主分布域をもつキレバモクやマジリモクなどの熱帯・亜熱帯性ホンダワラ類によって形成されています。このように海藻構成種が温帯種から熱帯種に変化してきている要因のひとつとして、近年の土佐湾の冬季海水温の上昇が挙げられます。さらに、水温上昇などによる磯やけによってカジメ場が消滅したところにサンゴ群集が発達してきているところもあります。当研究室では、温暖化に伴う温帯沿岸環境の変化が魚類の群集構造に及ぼす影響や熱帯性魚類の温帯域における定着条件などを調べています。その成果は、温暖化に伴う魚類相や水産物の変化予測、あるいは資源管理策に生かされます。

関連業績

Terazono Y, Nakamura Y, Imoto Z, Hiraoka M (2012) Fish response to
expanding tropical Sargassum beds on the temperate coasts of Japan. Marine Ecology Progress Series, 464:209-220


Nakamura Y, Feary DA, Kanda M, Yamaoka K (2013) Tropical fishes dominate
temperate reef fish communities within western Japan. PLoS ONE, 8(12): e8110

Tose K, Hirata T, Kanda M, Kotera Y, Nakamura Y (2017) Occurrence and reproduction of tropical fishes in ocean warming hotspots of Japanese temperate reefs. Environmental Biology of Fishes, 100:617-630

Leriorato JC, Nakamura Y, Uy WH (2021) Cold thermal tolerance as a range-shift
predictive trait: an essential link in the disparity of occurrence of tropical
reef fishes in temperate waters. Marine Biology, 168: 93


 2.サンゴ礁―海草藻場―マングローブ複合生態系の機能解明

サンゴ礁生態系は、サンゴ礁だけでなく、その周辺の海草藻場やマングローブ域などの生息場所との物質循環や生物群集の相互作用により機能していると考えられています。魚類に注目すると、有機物が豊富に存在するマングローブ域や海草藻場には数多くの小形無脊椎動物が生息し、これらを食物とするサンゴ礁魚類の幼魚が集まっています。さらに、これらの幼魚を求めて高次捕食魚がサンゴ礁と藻場・マングローブ域の間を行き来しています。当研究室では、これら生息場所間の魚類を介した生態的なつながりを調べています。これまでの研究によって、サンゴ礁周辺の海草藻場やマングローブ域は、水産価値の高いフエフキダイ類やフエダイ類などのサンゴ礁魚類の餌場や稚魚成育場として重要な役割をもつことが明らかになってきました。これらの成果から、サンゴ礁魚類の保全にはサンゴ礁だけでなくその周辺環境も考慮することが不可欠であることを示すことができます。

関連業績

Nakamura Y, Horinouchi M, Shibuno T, Tanaka Y, Miyajima T, Koike I, Kurokura
H, Sano M.
(2008) Evidence of ontogenetic migration from mangroves to coral reefs
by black tail snapper Lutjanus fulvus: stable isotope approach. Marine Ecology Progress Series, 355:257-266
 

Nakamura Y, Hirota K, Shibuno T, Watanabe Y. (2012) Variability in nursery
function of tropical seagrass beds during fish ontogeney: timing of ontogenetic
habitat shift. Marine Biology, 159:1305-1315.


Honda K, Uy WH, Baslot DI, Pantallano ADS, Nakamura Y, Nakaoka M. (2016)
Diel habitat-use patterns of commercially important fishes in a marine
protected area in the Philippines. Aquatic Biology, 24:163-174.

Espadero ADA, Nakamura Y, Uy WH, Tongnunui P, Horinouchi M (2020) Tropical
intertidal
seagrass beds: an overlooked foraging habitat for fishes revealed by underwate
rvideos. Journal of Experimental Marine Biology and Ecology, 526:151353


3.生息場所の劣化や造成が沿岸魚類の加入、成長、生残に及ぼす影響

 近年の沿岸環境は、沿岸開発や海洋汚染あるいは気候変動などによって急速に劣化が進み、それに伴う魚類資源の減少が大きな問題となっています。当研究室では、生息場所の劣化や消失あるいはそれらの対策として実施される生息場造成が魚類の加入や成長・生残に及ぼす影響を調べています。これらの成果は、魚類資源の保全管理策に役立てられます。

 

関連業績

Watai M, Nakamura Y, Honda K, Bolisay KO, Miyajima T, Nakaoka M, Fortes
MD (2015) Diet, growth, and abundance of two seagrass bed fishes along
a pollution gradient caused by milkfish farming in Bolinao, northwestern
Philippines. Fisheries Scinece, 81:43-51


O’connor J, Lecchini D, Beck H, Cadiou G, Lecellier G, Booth DJ, Nakamura
Y (2016) Sediment pollution impacts sensory ability and performance of
settling coral-reef fish. Oecologia, 180:11-21


河野まどか・井本善次・中村洋平 (2018) 高知県沿岸の造成海中林および天然海中林におけるカジメの生育状況と魚類の群集構造.日本水産学会誌、84:796-808

採択プロジェクト・プログラム

科学研究費
・熱帯のサンゴ礁域におけるフエフキダイ類仔稚魚の資源生態学的研究(特別研究員奨励費、代表、H18-20)
・耳石二次核に記録されている魚類初期生態情報の抽出(萌芽、連携、H19-21)(代表機関:東京大学)
・成育場の劣化が熱帯域魚類資源の加入成功に及ぼす影響(若手B、代表、H21-23)
・すり身加工技術導入による人為的移入漁業の持続的利用と生態系保全へのチャレンジ(海外基盤B、分担、H21-23)(代表機関:高知大学)
・サンゴの海の生態リスク管理:住民・研究者・自治体の協働メカニズムの構築(基盤B、連携、H21-23)(代表機関:高知大学)
・魚類の生息場としてのマングローブ水域の機能と重要性の解明:野外実験的アプローチ(基盤B、分担、H21-23)(代表機関:東京大学)
・タイ沿岸域の環境修復・水産資源回復に寄与する海草藻場造成デザインの探求(海外基盤B、分担、H22-24)(代表機関:島根大学)
・海洋汚染が熱帯魚類資源の成育場への加入に及ぼす影響(若手B、代表、H24-26)
・亜熱帯藻場・干潟複合生態系における底次生産構造の解明(基盤B、分担、H25-27)(代表機関:水産総合研究センター西海区水産研究所=>東北区水産研究所)
・造成海草藻場動物群集の種多様性や個体密度をより高めるには?-タイ沿岸の環境修復ー(海外基盤B、分担、H25-28)(代表機関:島根大学)
・栄養カスケードと温暖化に抵抗力をもつ藻場の形成に関する研究(基盤C、分担、H26-28)(代表機関:水産総合研究センター水産工学研究所)
・サンゴ礁を守る海洋保護区の設計:住民による共的管理と公共セクターの役割(基盤B、分担、H26-28)(代表機関:高知大学)
・魚類の分布・回遊生態にもとづくマングローブ水域の新たな保全方策の提言(基盤A、分担、H26-29)(代表機関:東京大学)

・温暖化に伴う温帯沿岸の環境変化が水産有用魚類の種組成の遷移に与える影響(基盤C、代表、H27-29)
・サンゴ礁保全のための沿岸域総合管理と住民関与メカニズム:地域課題対応型管理の創成(基盤B、分担、H29-R1)(代表機関:高知大学)

・沿岸生態系の熱帯化における生態学的・社会的影響の評価と適応策の策定(基盤B、分担、H31-R3)(代表機関:国立環境研究所)
・温暖化に伴う藻場植生の変化が魚類と漁業に与える影響(基盤C、代表、H31-R3)
・ジュゴンは沿岸浅海域の生物多様性や小形動物の生残にどのように寄与するのか?(基盤B、分担、H31-R4)(代表機関:島根大学)
・温暖化に伴う植食性魚類の分布拡大メカニズムの解明:食性と餌料環境の重要性(基盤C、代表、R4-R6)

その他研究費
・JST-JICA地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム「熱帯多島海域における沿岸生態系の多重環境変動適応策」(分担、H21-26)(代表機関:東京工業大学)
・黒潮生物研究所研究助成「温帯サンゴ群集域の拡大に伴う魚類相の経年変化予測」(H27)

国際プログラム/プロジェクト
・日本学術振興会Summer program 2012(ミネソタ大学大学院生、受入、H24)
・オーストラリア科学アカデミー/日本学術振興会国際プログラム「Scientific visits to Japan 2014-2015」(ニューサウスウェルズ大学講師、受入、H26)

タラ号太平洋プロジェクトーJapan leg 2017(代表機関CRIOBE,フランス、H28)
・日本学術振興会研究拠点形成事業Core to Core program「自然の海洋酸性化生態系をつなぐ国際共同研究拠点」(協力研究者,R3-7)(代表機関:筑波大学)

部門プロジェクト
・黒潮圏科学に基づく温暖化適応策の構築(分担、H21-23)
・黒潮圏科学に基づく総合的海洋管理研究拠点(分担、H28-R3)